更新日:2026.10.16
文/石山英次 写真/ゼネラルモーターズ
1990年代末、キャデラックは文字通り「ブランドの死」に直面していた。当時のラインナップ(フリートウッドやセビルなど)は、巨大なボディにフワフワとした乗り味、そして豪華なレザーと木目パネルを敷き詰めた古き良きアメリカの象徴だった。
しかし、その購買層の平均年齢は60歳を超え、若年層からは「おじいちゃんのクルマ」「ダサいクルマ」と完全に切り捨てられていた。街を見渡せば、かつての顧客の子供世代はこぞってBMW 5シリーズやメルセデスベンツ Eクラスへと流れていたのだ。
「このまま静かに衰退を待つのか、それともブランドの歴史を自ら壊すか」
当時GMデザイン部門を率いていたウェインチェリーと、若手デザイナーのキップワセンバーグらは、生き残りをかけた新デザイン模索をスタートさせた。

▲90年代キャデラックセビル。これを見て「アメ車らしいのに」と惜しむ一方で、当時の販売においては、BMWやメルセデスといったパフォーマンスカーに顧客を奪われ苦境に立たされていたキャデラック。
しかし、その道のりは苦難の連続だった。最初は欧州車に対抗しようと流線型の滑らかなデザインを描いたが、それでは欧州車の二番煎じにしかならない。
一方で、従来のキャデラックらしい丸みやメッキパーツを残せば、また古臭いおじいちゃんのクルマへと逆戻りしてしまう。何十、何百というスケッチを描いては捨て、社内のベテラン幹部からは「こんなのキャデラックじゃない」「顧客が逃げる」と猛反発を受けた。
壁にぶつかった彼らが導き出した答えは、「欧州の真似をせず、自分たちのDNA(直線と縦型ライト)を極限まで現代的にエッジ化させる」という逆転の発想だった。
伝統的な縦型ヘッドライト、ステルス戦闘機のような角張ったシャープな面で構成されたまったく新しいデザインコンセプト——これが「アート&サイエンス(Art & Science)」である。
1999年のデトロイトモーターショーで、彼らはこの思想を具現化したコンセプトカー「イヴォーク(Evoq)」を発表する。
ダイヤモンドを刃物で切り落としたかのような過激なフォルムに、業界も社内も騒然となった。賛否両論の嵐が巻き起こるなか、GM経営陣はついに覚悟を決めた。「この尖ったデザインでいく。従来のお客様に嫌われてもいい、新しい顧客を獲るんだ」
そして、イヴォークの衝撃をそのまま市販セダンへと落とし込み、社運を賭けて2002年に投入されたのが、初代CTSだった。

▲昔のキャデラックではレースなんて言葉が結びつくことは全くなかったが、CTSになり積極的にレースにも参戦するほどイメージは激変した。
CTSに課された使命は明確だった。「欧州のライバルたちを、走りの性能でねじ伏せること」。
デザインで欧州車と一線を画した以上、走りでも見かけ倒しと言わせるわけにはいかない。GMは開発の舞台をアメリカのハイウェイから、ドイツ・ニュルブルクリンク(北コース)へと移した。
「グリーン・ヘル(緑の地獄)」と称される過酷な超高速サーキットに開発拠点を設置。キャデラックとして史上初めて、ニュルで徹底的に足回りとシャシーを鍛え上げるという異例の開発手法が採られた。
この挑戦のためにゼロから新開発されたのが、FR専用のSigma(シグマ)プラットフォーム。
驚異的なボディ剛性を確保し、前後の重量配分を徹底的に追求。従来の柔らかく優雅なキャデラックの乗り味は影を潜め、ステアリングを切れば鋭く頭が入り、踏み込めば路面を強く捉える、欧州スポーツセダン顔負けのハンドリング性能を手に入れたのである。

▲2008年に登場した2代目CTS-V。まるでステルス戦闘機のようなアグレッシブなスタイリングをまとったCTS-V。

▲エレガントな雰囲気と威圧感を兼ね備えたリアスタイル。

▲6.2リッターV8スーパーチャージドエンジンは556hp/6100rpm、最大トルク551lb-ft/3800rpmを発生。その当時の最高峰V8エンジンの一つであり、ちょっとしたスーパーカー顔負けのパフォーマンスが味わえた。

▲Vシリーズはクーペのみならず、4ドアセダン、スポーツワゴンといったバリエーションも誕生した。
2年後の2004年、ついに真のモンスターが牙をむく。CTSの頂点に君臨するハイパフォーマンスモデル・CTS-Vの登場である。
BMW M5やメルセデスAMG E63に対抗するため、GM開発チームが選んだ手法は実にアメリカンで狂気的なものだった。なんと、スポーツカーの象徴であるシボレーコルベット(C5 Z06)の5.7L V8「LS6」エンジン(400馬力)を、そのまま4ドアセダンに移植したのだ。
しかも、初期モデルに用意されたトランスミッションは6速マニュアルのみ。ラグジュアリーセダンにレーシングカーの心臓を載せ、マニュアルで操らせるという過激なパッケージングは、欧州のライバルたちに強烈なパンチを喰らわせた。
CTS-Vの進撃は止まらない。2008年に登場した2代目CTS-Vは、6.2L V8スーパーチャージドエンジンを搭載し、最高出力は556馬力にまで到達。
そして同年、自動車史に刻まれる事件が起きる。ニュルブルクリンク北コースでのタイムアタックにおいて、2代目CTS-Vが叩き出したタイムは「7分59秒32」。
当時、市販V8セダンとして史上初の8分切り(世界最速セダン)を達成した瞬間だった。

▲マニュアルミッションで操作できるキャデラックというのも話題になった。

▲シートもバケットタイプ。かつてのソファーのようなふかふかシートの面影は全くなくなった。
「キャデラックがニュルで世界最速を獲った」というニュースは世界中の自動車メディアを駆け巡り、かつて「おじいちゃんのクルマ」と嘲笑されたブランドのイメージを完全に過去のものへと追いやった。
その後、3代目CTS-V(640馬力・最高速度320km/h超)へと進化を重ね、キャデラックの「Vシリーズ」は世界屈指のハイパフォーマンスブランドとしての地位を確立したのである。
2019年、CTSはその役割を後継モデルである「CT5」へと引き継ぎ、生産を終了した。
しかし、CTSが残した功績は計り知れない。自らの殻を破り、社内の猛反発を乗り越えて尖ったデザインとニュル仕込みの走りを手に入れたCTSの挑戦がなければ、現在のキャデラックのスポーティなブランドイメージも、最強モデル「CT5-V Blackwing」の存在もなかっただろう。
合理性と時代に合わせて変革を成し遂げたエクスプローラーに対し、情熱と走りの牙を磨くことでブランドを再定義したキャデラックCTS。これぞまさに、アメ車史に燦然と輝く反逆の開発物語である。

▲CTSに続き、STS、XLTと、アート&サイエンスデザインに生まれ変わった各セグメントモデルが次々と登場していった。
99,000円
ELECTLICAL
ガレージダイバン
22,000円
EXTERIOR
ウエストクラブインターナショナル
115,000円
ELECTLICAL
ガレージダイバン
115,000円
EXTERIOR
ガレージダイバン