更新日:2016.10.17
文/編集部 写真/ゼネラルモータース
デカい車体にデカいエンジンでズロロッと威勢よく走る。だが、いざ曲がる段になるとドッテンと激しくロールしてダラシない。ひと昔前のアメ車の一般的なイメージはそんなところかもしれない。
いや別に技術者がマヌケだったわけじゃない。それが求められていたのだ。道も駐車場もだだっ広い。国の方針でガソリン代も安い。速度制限は時速50〜60マイル(80〜100km/h程度)に徹底されている。そういう条件に合わせたら、デカい車体とデカいエンジンと柔らかいアシになっただけなのだ。
悪いことばかりじゃなかった。操縦性やエンジン効率が売りになりにくいため、アメ車は見た目のアピアランスで勝負した。当然そのデザインは世界の先端を走った。50〜70年代のアメ車のデザインは、造形の国イタリアのそれに影響を与えるほどだった。
そして、そういう独特なクルマ造りをしていても、国内市場だけで膨大な台数がさばけるから構わなかったのである。独特がゆえに強固なファンを持ち、独特なために他国で大々的には受け入れられない。それがアメ車だった。
だが70年代中盤の石油危機を境にグロバーリズムの波は自動車界にも訪れた。欧州車や日本車がアメリカ市場で次第に勢力を広げ、80年代にはそれは無視できない規模になった。だからアメリカは本腰を入れて世界に通用するクルマを開発しはじめた。
実は60年代から欧州車志向のモデルは存在したのだが、あくまで傍流だった。しかし90年代に入ると、ひとつの象徴であるキャデラックまでがそういうグローバルな内容を持つものになった。ノーススターV8を積んで92年にデビューした4代目セビルは、まさにその代表格だ。
以降アメリカ車はグローバル化の道を突き進んでいる。その速度は凄まじい。例えばCTS-VはニュルでM5のタイムを破った。C6コルベットZR−1がポルシェやフェラーリを一蹴した。鎖国を解いたアメ車の新しい時代が既に始まっているのである。
1948年。この「60 Special」には、リアフェンダーの端に小さなふくらみが備えられていた。これが戦後アメリカ車の象徴となったテールフィンの始まりである。このデザインを手がけたのは、戦前に「ラサール」を制作したハリー・アール。彼は第二次世界大戦で活躍した戦闘機「ロッキード P-38 ライトニング」の尾翼を見て、このデザインを思いついたという。
50年代のアメリカを象徴する傑作車「1959年製エルドラド コンバーチブルクーペ」。キャデラック史上最大のテールフィンや量産車初の4灯ヘッドライト、標準装備のエアコン、パワーウィンドウ、325〜345hpを誇る390cu.inV8エンジンなど、どこをとっても豪華絢爛な1台に仕上げられていた。アメリカ自動車史を語る上で欠かせない存在であり、アメリカの自動車生誕100周年記念切手にも採用されている。
テールフィン・ブームが去ると、キャデラックはデザイン以上に「大きさ」で豪華さを演出するようになった。その頂点に君臨したのが「フリートウッド」である。全長6mに迫るビッグボディや7リッターを遙かに越える大排気量エンジンは、新時代のアメ車の頂点として、十分な説得力を備えていた。さらに1970年にはキャデラック史上最大の500cu.in(8.2リッター)V8エンジンが登場し、絶頂期を迎えた。
2度にわたるオイルショックにより、それまでフルサイズ路線をひた走っていたキャデラック車も次第にボディを縮小化していった。その顕著な例が1975年に登場した初代「セビル」だ。同車は当時のラインナップ中、もっとも小型で、かつもっとも高価なモデルとして誕生した。
キャデラックは、常にアメ車の象徴のように語られる。しかし、それはただ「アメリカNo.1」であればよかったわけではない。
同時に、北米市場を目指してやってくる世界中の高級サルーン群を撃退するという仕事もしなければならなかった。アメリカのお金持ちはメルセデスやジャガーに目移りする。その中で戦わなければ高級車市場で生きていけないのだから。
キャデラックは、自動車世界がグローバル化しはじめたここ最近からではなく、そのずっと以前から、熾烈な国際マッチを戦ってきたのだ。例えば1975年に、フルサイズよりもやや小さな車体で登場してきた初代セビル(写真上)などは、その国際マッチでの主力だった。そのサイズは当時のSクラスやジャガーXJ6などの寸法を分析した末に決められたものだったのだ。
そういうキャデラックの欧州車への意識は、80年代末には誰の目にも明らかになる。彼らはまず、ピニンファリーナに車体のデザインと製作を任せた2座オープンのアランテで手応えを確かめたのち、92年には本命のセビルを、アランテ同様のクリーンな欧州モダン調でまとめた4代目へフルチェンジするのである。
この4代目セビルは、ただ見た目がそれ風なだけではなかった。エンジンはOHVでなくDOHC4バルブを採用し、細部の設計まで業界第一線の技術を取り入れたノーススターV8であったし、リアに変形ダブルウイッシュボーンを奢ったアシは、世界のトップに伍する内容を持っていた。
そんな4代目セビルは好評を持って迎えらることになった。わが国でも新たな客層を掴んだことでもその成果は裏書されるだろう。
そして彼らはは行先をこの路線に決めて、キープコンセプトの5代目セビルを経て、FR回帰を果たして世界のLセグメント達と真っ向勝負で戦うSTSへとキャデラックは進んで行ったのである。
メルセデス・ベンツのSLに対抗して開発された2シーターオープン。プレーンなスタイリングはピニンファリーナの手によるもので、内外装の組み付けも同社で行われた。結果としてSLの牙城を崩すまでは至らなかったが、そのデザインはブランド独自のデザイン性を打ち出せずにいた当時のキャデラックに多大な影響を与えた。これ以降、ゴテゴテとした装飾を廃した欧州的デザインが、1990年代のキャデラック共通のイメージなる。
92年に登場した4代目FFセビル。搭載エンジンはOHVでなくDOHC4バルブを採用し、細部の設計まで業界第一線の技術を取り入れたノーススターV8であった。またリアに変形ダブルウイッシュボーンを奢ったアシは、世界のトップに伍する内容を持っていた。
21世紀に入り、キャデラックは「Art & Sience」という新コンセプトのもとに全く新しいセダン「STS」を誕生させた。特長は、従来のキャデラックにはなかったスポーティなイメージ。駆動方式は軽快な操作性を実現するため、FRを採用。エクステリアには、ナイフで切り出したようなエッジの利いたデザインが採用された。
70年代の絶頂期だったキャデラックからグローバル化とハイテク装備によって特有の魅力を持ちつつ変化していった。写真は76年型のフリートウッドエルドラド。
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