更新日:2014.09.09
文/田中享(Tanaka Susumu) 写真/
『Carfax(カーファックス)』や『Autocheck Vehicle Report(オートチェック・ビークル・レポート)』というのは、アメリカ国内におけるクルマのヒストリーをチェックしてくれる有料のサービスです。
クルマの『IDコード=VIN(Vehicle Identification Number)』を通じて、『そのクルマが何処で組み立てられたのか?』『今までに何人のオーナーがいるか?』『レンタカーとして使用されていたか?』『事故修復歴』『走行距離』といった情報(来歴)をチェックしてくれます。
こういった車両の来歴というのは、そのクルマの価値を判断する上で重要な要素であり、アメリカではこれらの情報をユーザーが車両を購入する際に利用します。
また、このCarfaxやAutocheckは、日本で並行輸入車を取り扱う業者も昔から利用しています。自社で中古車を並行輸入する際にはほとんどの業者がCarfaxやAutocheckで走行距離や事故歴をチェックしますし、「飛び込みで修理に入ってきた中古並行輸入車は、まずはメーターが巻き戻されていないか?をCarfaxかAutocheckでチェックする」という業者も少なくありません。
このCarfaxやAutocheckは確かに便利なサービスであり、また有益なシステムであるのは間違いありません。実際、このサービスによって走行距離メーターの不正巻き戻しが判明した車両は数多く存在します。また、走行距離メーター巻き戻し以外でも、データ改ざんの抑制に一役買っていると思います。
ただし、CarfaxやAutocheckというのは決して万全ではありません。CarfaxやAutocheckには幾つかの抜け穴が存在しており、世の中にはその抜け穴を悪用する業者も存在します。この事実を知らずして「Carfax付だから安心」とか「Carfaxでチェックしてもらったから大丈夫」などと考えると、痛いしっぺ返しを食らう可能性がある事を認識して下さい。
「アメリカ国内での来歴をチェック出来る」というCarfaxやAutocheckですが、この『来歴』というのは何処でどうやって記録されるのか?というのをご存知でしょうか?
まず、この記録というのは、アメリカで新車で販売された際に最初に登録されます。その後は車両安全検査やSmog Check(スモッグ・チェック)という排気ガス検査の際や、ディーラーで修理や整備を行った際の記録が、DMV(Department of Motor Vehicle)という陸運局の様な所に送られて記録されるのですが、実はこのシステム自体に色々なツッコミ所があります。
まずはアメリカには車両安全検査(日本における車検)が義務付けられていない州が数多く存在します。また、『Smog Check』に関しても全ての州で義務化されているわけではありません。
スモッグ・チェックというのはカリフォルニア州における名称なのですが、この排気ガスの検査に関しては州ごとに呼び方や内容もかなり違ってます。
例えば基準が非常に厳しいと言われるカリフォルニア州では、製造から5年以上経つ車は2年に一度のスモッグチェックが義務付けられているので、同州で使用されていたクルマの場合、ほぼ100%の確率で2年毎の走行距離記録が残っていますが、逆に排ガス検査が義務づけられていない州では、当然ながら走行距離などの履歴の記載は少なくなります。
また、このスモッグ・チェックはディーゼル車や1973年の排ガス規制前に製造された車両は対象外となっているので、極端な話、1973年以前に生産された車両で、修復歴の一切ないワンオーナー車の場合、現地で仕入れて日本に輸出する前に走行距離メーターを巻き戻せば、超低走行車として輸出する事も出来るわけです。
ちなみに、スモッグ・チェックはあくまでもアメリカ国内を走行するための規制なので、新車で日本に輸出される場合には必要ありません。新車並行輸入車の場合、Carfaxにはスモッグ・チェックの履歴はなく『この車両は輸出業者の手により日本に輸出されました』といった記述のみが記載される事になります。
ところでちょっと話が横道に逸れますが、世の中には新車並行輸入車を謳っているクルマの中にも走行距離メーターを改ざんしている個体が存在します。
何故そんな事が出来るのか?またそういうクルマが存在するのか?ですが、これは、アメリカにおける製造年式の表示方法を利用したカラクリが存在するからです。
先にVINを入力する事で、CarfaxやAutocheckはクルマの来歴を調べると書きました。そもそもこのVIN自体がそのクルマの製造国や年式といったデータを表示しているIDナンバーなのですが、アメ車の場合、このVINで表示されている『年式』と実際の『製造年月』にはタイムラグがあるのが普通なのです。
例えば、VINに2014年式と記載されていても、実際には2013年の夏頃に製造された車両というはいくらでも存在します。普通の人は、VINが2014年式となっている車両を2014年に輸入していれば、それは2014年に製造されたクルマであると疑いもなく思われるでしょう。しかし、仮にVINが2014年式になっていたとしても、実際にはそのクルマは2013年の5月に製造されており、2013年の6月に新車としてアメリカで販売されていた。などという事はアメリカではごく普通の事なのです。
この実際の製造年月は『date of manufacture(ドアに貼ってあるシールの記載)』を見れば分かります。例えばこのシールに『GENERAL MOTORS CORP. 05/13』と記載してあれば、そのクルマは実際には2013年の5月に製造されたGM車ということです。
この年式表示と実際の製造年月のタイムラグを悪用するのは簡単です。悪徳業者は2014年の夏から秋頃に2014年式の新車として日本で販売するのですが、実際にはそのクルマはアメリカで1年近く使用されており、アメリカで仕入れた時点で、現地の違法業者でメーターを巻き戻してシッピング(輸出手続き)をするという方法を使えば、Carfaxで調べようとAutocheckで調べようと、メーターを改ざんする前の走行距離は分かりません。芸の細かい業者であれば、おそらくdate of manufactureは剥がしてから納車するでしょう。ごく簡単に完全犯罪の出来上がりです。
また、先にディーラーで修理や整備を行った際にも記録が残ると書きましたが、これは逆に言えばディーラーで修理や整備をしなければ履歴は残らないということになります。
もちろんアメリカ人だって普通はリコールや対策部品などが出ればディーラーに持ち込んで無償整備をするでしょうし、事故を起こした場合だってディーラーで修理すると思います。しかし、中にはオイル交換などのメンテナンスは全てDIYで自分で行うとか、修理は近所の小さな修理工場で行うとか、ディーラーに全く持ち込まないユーザーも存在します。そんな人がオーナーの場合、クルマの履歴はDMVの記録には残りません。
ところで、アメリカ人の平均的な年間走行距離は1〜1.5万マイル(=1.6〜2.4万km)と言われていますが、愛車の整備を自分で行うようなクルマ好きであれば、年間で2〜3万マイル程度は走っても何の不思議もありません。ここまでの事を踏まえた上で下記のパターンを連想して下さい。
愛車の面倒は可能な限り自分で見るというクルマ好きのアメリカ人が、新車でクルマを購入したとします。そして、そのクルマは基本的なメンテナンスだけで5年間ノートラブルで走り続けました。走行距離は5年間で12万マイル弱(=約19万km)です。
「まだまだ元気に走るけど、他に欲しいクルマが出来たので売ってしまおう。とりあえずAutoTraderとCars.comに出したら、たまたま日本人のバイヤーが良い金額を提示してくれた。アメリカ国内でアメリカ人相手に売る場合、スモッグ・チェック・ステーションに持ち込んで面倒な排ガス検査を受けてDMVで証明書を貰ったりしてからの受渡になるけど、この日本人のバイヤーならどうせ輸出するから何もしなくていいというし、凄いラッキーじゃん!」などという人がいたとします。
実はこの場合、このアメリカ人からクルマを購入した日本人バイヤーの方が「ラッキー!」と思っているかもしれません
仮にこのアメリカ人からクルマを買ったバイヤーが悪徳業者であった場合、クルマを受取後すぐに専門の業者に持ち込んでメーターを巻き戻します。
「とりあえず5年落ちだから、日本人の感覚的にちょうど良い5万km弱(約3万マイル)くらいにしておこう。たかだかマイナス9万マイルだ(笑)。よしキレイに改ざんできた。次に行くのはスモッグ・チェック・ステーション。ここでは名義変更と言ってスモッグ・チェックを受けよう。この時のメーターはもちろん改ざん後の3万マイルだけど、係員はそんな事は疑ったりしない。メーターをチラ見して機械的にコンピューターに情報を入力していくだけ。スモッグ・チェックに受かれば自動的にDMVにデータが送信され、書類上は何の不備もない走行3万マイルの実走行証明書付極上中古車が完成だ」と、そんな感じです。
当然ながら、このクルマが日本に輸入されて販売された後、オーナーがCarfaxやAutocheckでヒストリーを調べても、アメリカを出国する直前の先のスモッグ・チェック時の走行距離しか出ません。何故なら最終データがそうなっているわけですから。
もちろん今のは想像のお話です。さすがにここまで手の込んだ不正を行う業者はそんなにいないと思いますが、手法としては十分に可能という事です。
アメリカから日本に中古車を輸出する場合、アメリカ国内での名義変更(タイトルの変更)やスモッグ・チェックは必要ありません。それにも関わらず、日本への輸出直前にわざわざスモッグ・チェックを行っていたり、ディーラーでちょっとした修理や点検を行っているようなクルマがあれば、仮にCarfaxやAutocheckの証明書があったとしても、そのクルマの走行距離は限りなくグレー。というか、真っ黒な可能性が高いと言わざるを得ません。
また、他にもCarfaxやAutocheckの抜け道は存在します。
例えばレンタカー。ハーツやアラモといった大手のレンタカー会社の場合、まとめて何十台も新車を仕入れますが、これらのレンタカーの整備はディーラーではなく自社で行っています。当然ながらDMVに履歴は残りません。そしてレンタカーというのは一般のオーナー車両よりも乱暴に使われているケースが多く、また走行距離も増える傾向にあります。
そんなレンタカー上がりのクルマ達を、前記したような方法を駆使して日本に輸入する業者も存在します。
大昔のアストロ全盛期には、今ほどCarfaxやAutocheckの存在がメジャーではなかったので、悪徳業者は10万kmや20万kmくらい平気でメーターを巻き戻して、明らかに不自然な走行距離表示で車両を販売していたものですが、今の悪徳業者は当時の安売並行輸入業者と違って不正の方法も巧妙になっており、仮にCarfaxやAutocheckを使って調べても足がつかない方法を使ってくるので注意が必要です。
その他にもCarfaxやAutocheckによるチェックをすり抜ける方法はいくらでもあります。こういうのはあまり詳しく書いてしまうと、それを悪用する悪い人間がいるのでこれまでは意図的に解説することは控えていました。しかし、インターネットによる情報の反乱にともない、中途半端な知識でCarfaxやAutocheckを妄信する人が増えているようなので、今回はあえて掲載する事にしました。
CarfaxやAutocheckが万能ではないなどという事はアメ車業界に長くいる人間であれば誰でも知っています。先に筆者が解説してきたような事は、昔からアメ車を販売しているショップの人間からすれば「何を今更…」という程度の知識でしょう。
だからこそ、筆者の目から見て『優良店』と思えるようなショップは、CarfaxやAutocheckをそれほど重要視しません。もちろん彼らもアメリカから中古車を並行輸入する際にはCarfaxやAutocheckでヒストリーをチェックしますし、修理などで他社が並行輸入した車両が入庫した場合にも走行距離や修復歴などはチェックします。
しかし、それはあくまでも参考程度の事で、基本的には自分の目で現車の状態をチェックする事を重要視します。何故か? 前記した通り、CarfaxやAutocheckで分かる履歴が必ずしも正しいとは限らない事を知っているからです。
また、さらに言えば、かつてはCarfaxやAutocheckのデータを改ざんして資料を作るような業者だって存在していました。今ほどインターネットが普及していなかった時代は、Carfaxなどをファックス通信で送信するのは普通でしたが、この際にVINの部分だけ他の車両のデータに差し替えるような小技を使う業者も存在していました。所謂『切り貼り』を行うわけですが、そうして偽造された書類を見て偽物であると判断できるユーザーなど存在しないでしょう。
筆者は何もCarfaxやAutocheckを軽視しているわけではありません。CarfaxやAutocheckというサービスは便利だと思うし、このサービスの存在自体が悪徳業者の抑制に一役買っているとも思っています。
しかし、同時にCarfaxやAutocheckを無条件に信じるのは危険であるとも思っています。事実、CarfaxやAutocheckの信奉者の思考を逆手に取って、CarfaxやAutocheckのデータを悪用する人間も確かに存在するのです。
最近は日本でも『定額料金で1ヶ月に何度でも何台でもAutocheckを取れます』といったサービスを行う業者があるようで、これまではCarfaxやAutocheckを取り扱っていなかったショップも、これらの証明書を販売促進ツールとして利用するようになってきました。
中には『安心の実走行証明付!』とか『Carfax付以外の並行輸入車は危ない!』などといったキャッチコピーを大きく宣伝している業者もあります。
別にCarfaxやAutocheckを持ち上げるような行為がいけないわけではありません。また、CarfaxやAutocheckをCMしている業者の中にも優良店は存在します。
しかし、CarfaxやAutocheckが必ずしも万能ではないというのは前記した通りなわけで、それだけに筆者などからすると、まるでCarfaxやAutocheckのデータが絶対かのように謳っているショップの広告を見るにつけ、「この人たちは本気でそう思っているのだろうか?」「知っててあえてユーザー目線の広告をしているのか?」「業界の新参者で何も知らないのか?」「何を持って安心と謳っているんだろう?」「このお店は一体どっちだ?」と、疑心暗鬼になるというか、妙な違和感を覚えてしまうわけです。
かつて、筆者がアメ車雑誌を作っている頃には、「走行距離メーターを不正に巻き戻す悪徳店も存在するので、中古並行輸入車を購入する際には必ずCarfaxやAutocheckで車両の来歴を確認しましょう!」といった内容の記事を書いていました。
しかし、今の時代、無闇に走行距離メーターを改ざんする業者は昔に比べれば減少しています。ただ走行距離メーターを巻き戻しただけでは、CarfaxやAutocheckで簡単にバレてしまうし、バレた場合のリスクを考えれば走行距離メーターを巻き戻すメリットが小さいからです。逆に言えば、リスクを冒して手間をかけて走行距離メーターを巻き戻すということは、それだけバレない自信があるからであり、もしそうだとすれば、昔とは逆に「CarfaxやAutocheckを悪用し、粗悪車を高く売りつける業者があるので注意しましょう!」と書くのが正解なのかも?などと考える事もあります。
これは以前の購入ガイドにも書きましたが、走行距離というのは車両の状態を計る目安のひとつではありますが、走行距離の長短というのは、必ずしも程度の善し悪しとイコールではありません。
CarfaxやAutocheckで走行距離をチェックするのも良いのですが、中古車購入時には、とくに並行輸入車の購入時には、走行距離以外の要素にも目を向ける事をお勧めします。
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