更新日:2026.11.02
文/石山英次 写真/ステランティス
2000年代初頭のクライスラー社内は、モータースポーツの技術を市販車に直結させる熱気、そして常識的に考えてそんなエンジンを積むべきではないクルマに、あえてモンスターエンジンをぶち込むという強烈なアプローチに満ちていた。
当時のダッジは、旗艦スーパーカー・ダッジバイパー SRT-10の8.3リッターV10エンジンを皮切りに、コンパクトセダンのネオンに過激なターボを押し込んだネオン SRT-4、さらにはステーションワゴンやラグジュアリーセダン(マグナム、300C、チャージャー)に6.1リッターHEMI V8を次々と搭載。社内はまさにハイパフォーマンスの狂騒曲とも言うべき、やりたい放題のエネルギーに包まれていた。
そんな「何でもアリ」の空気が充満するなか、ある日、開発チームの間であるアイデアが持ち上がる。
「フルサイズピックアップトラックのボンネットに、バイパーのV10エンジンを押し込んだらどうなるだろう?」
半ば居酒屋でのジョークのような提案だった。しかし、当時の開発陣はそれをただの冗談で終わらせず、実際にミュール車(試作車)を組み立て、テストコースへと持ち込んだのである。

▲SRTが手がけた4ドアセダンのネオンをベースにしたハイパフォーマンスモデル。その名もネオン SRT-4。2.4リッター直4ターボエンジンを搭載。

▲バイパーのV10エンジンをラムトラックに搭載するという狂気の企画。だが、それさえも簡単に通るような時代だった。今思えば非常に良い時代だった。
完成した試作車を走らせた瞬間、エンジニアたちは言葉を失い、そして笑い出したという。巨大なトラックが、スーパーカー並みの猛烈な加速と轟音を伴って弾き出される――。
「これは絶対に世に出さなければならない」。その想像を絶する痛快さと圧倒的なインパクトによって、トントン拍子で市販化へのプロジェクトが動き出した。
だが、ここからがエンジニアたちの本当の戦いの始まりだった。あまりにも巨大な8.3リッターV10エンジンを、ラムのエンジンルームにどう収めるかという物理的な問題が、まず立ちはだかった。
・専用設計の連鎖:そのままでは元のスペースに収まらなかったため、エンジンオイルパンの形状を一から変更。エンジンやトランスミッションのマウントも専用に設計し直す必要があった。
・冷却系の極限強化:500馬力を発揮するモンスターエンジンは凄まじい熱を発するため、通常のトラック用では到底冷却が追いつかず、当時のクライスラーが持つ最も強力な冷却システムをベースに、専用のラジエーターや冷却レイアウトが試行錯誤の末に構築された。

▲数々の物理的な難問をクリアし誕生したダッジラムSRT-10。ある意味バイパーよりも希少価値の高い名車である。

▲2ドアモデルはバイパー用をベースにしたトレメック(Tremec)製T56型6速マニュアルトランスミッションがフロアに直結された。

▲車高をローダウンし、ビルシュタイン製ダンパーと専用開発された22インチの超ド級ホイールの組み合わせ。
エンジンを積んで終わり、というわけにはいかなかった。トラックという車両構造ならではの難題がエンジニアたちを苦しめる。
トラックの荷台まわりは乗用車と比べて軽いため、500馬力・712Nmの強大なトルクを急激にかけると、リアタイヤが空転して激しく跳ねるホイールホップを起こしてしまう。
これを抑え込むため、リアアクスルに専用の5本目のショックアブソーバー(トラクションバー)を追加するなど、足回りのジオメトリーを徹底的にチューニングした。
さらに車高をローダウンし、ビルシュタイン製ダンパーと専用開発された22インチの超ド級ホイールを組み合わせてようやく路面にパワーを伝え切ることができるようになった。
しかし、それで終わりではなかった。四角く巨大なピックアップトラックで時速250kmに近い領域に踏み込むと、空気の壁で車体が浮き上がり、コントロールを失う危険があった。
NASCARのエンジニアも巻き込み、風洞実験を重ねてフロントには専用エアダム、リアにはダウンフォースを稼ぎつつ空気抵抗を減らす特殊な形状のトノカバー&リアスポイラーを開発した。

▲フロントの専用エアダムによりノーマルのラムよりも迫力に満ちた厳ついマスクが特徴になった。

▲リアにはダウンフォースを稼ぎつつ空気抵抗を減らす特殊な形状のトノカバー&リアスポイラーを装着している。
開発の最終局面、チームがもっともこだわったのがトランスミッションの選択だった。最初期に登場した2ドア・レギュラーキャブでは、500馬力のV10を自分の手足で操る、スパルタンなトラックでなければ意味がないという開発陣の執念から、バイパー用をベースにしたトレメック(Tremec)製T56型6速マニュアルトランスミッションがフロアに直結された。ドライバーはレーシングカーさながらの極太シフトレバーを握り締め、タイトな操作が義務付けられた。
しかしその後、「強烈なエンジンを積んだトラックに乗りたいが、日常の使い勝手や家族のことも考えたい」というユーザーの声に応えるため、のちの年次改良で4ドアのクワッドキャブが追加された。
クワッドキャブでは、6速MTの代わりに4速オートマチックが組み合わされ、実用的なトレーラー牽引能力も確保されることに。車重はレギュラーキャブよりもさらに重くなったものの、V10エンジンの圧倒的なパワーにより、実用的なスーパー・クルーザーとしての魅力をさらに広げることに成功したのである。
こうして生まれたラム SRT-10は、当時世界で最も速いプロダクション・トラックとしてギネスブックに認定されるに至った。

▲当初存在しなかった4ドアのクワッドキャブが追加された。

▲クワッドキャブでは4速オートマチックが組み合わされた。

▲ラム SRT-10は、当時世界で最も速いプロダクション・トラックとしてギネスブックに認定されている。
「バイパーのエンジンを積む」という遊び心から始まり、エンジニアたちの泥臭い技術的格闘と試行錯誤、そしてマニアックなMT仕様から実用的な4ドアAT仕様への拡がりを経て完成したダッジラム SRT-10。
効率や環境性能が厳しく問われる現代の自動車業界において、8.3リッターもの大排気量NA・V10エンジンを積んだピックアップトラックが新車として生まれてくることは、もう二度とない。
それは、情熱と狂気が全開だった時代が生んだ、最高にロマンあふれる奇跡の物語であった。
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